私は大体2週間に1度のサイクルで図書館に行く。
通ってる内に、未読でも棚にある本の背表紙、タイトルなど、もちろん見慣れてくる。
読んでいないのに、すでに「知っている」気になりかかってたりする本もある。
それでも行く度に、タイトルが目に飛び込んでくる本や、色の綺麗な本、風格のある本、そんなのを眺めて選んでいる時間はすごく楽しいものです。
でも先日は、なぜだか小説の棚に対して、上の空だった。私が。
行ったり来たり、どれもピンと来なくて、中々借りたいものが決まらなかった。
まだまだ読んだ事のない物語が沢山並んでるのに、全然「読みたい」という気にならない。
小説から離れて料理や趣味の棚を見て、今日はこれでいいか、と帰ろうとした時。
いつもは通らない棚に、「エッセイ」の文字が見えた。
ふらっと通路に入って、目が輝いた。
(そうか、エッセイ!エッセイという手があった、)
今、私が読みたいのは小説じゃない。
小説の持つ、心揺さぶるものが、ちょっと重い。
作り上げられた登場人物の人生や喜怒哀楽、そういうものに引きずり込まれて、泣いたり笑ったりほっとしたり、今はしたくなかったというか。
誰かが、何でもない事をぽつりぽつり話しているのを、あるいは勢いよくまくしたてていてもいいけれど、ただ横で聞いていたいだけ、というか。
昔話でもいい、日常の何気ない事でも、友人の話でも、旅行記でも、日記でもいいけれど、筆者が話しかけている様な、ごく個人的な体験の、そんな温かみが欲しかったのかもしれない。
エッセイの棚は、読みたい物の宝庫で、あっという間にカゴの中が十数冊になった。
いい具合に気の抜けた柔らかなのや、見るからに雰囲気の良い、しみじみとした優しさが出てる物が沢山あって、目からうろこ。
読書は、あるいみ孤独ですけれど。
でもエッセイは、筆者の人柄や生活体験のぬくもりが伝わってくる様な、
そんな風に初めて思いました。